2017-06-01 :

そして少年は少女の騎士となる -『Rotted-S』


なろう備忘録第33弾。

あらすじ: 人には見えないものが見える異能を持った少年アージェは、ある晩村で起きた事件を切っ掛けに、忌まわしい思い出が残る森へと踏み入ることになる。そこから始まる彼自身の変遷は、一人の美しい少女と、また大陸に残る神話と、深く繋がっていた。主人公の少年期から青年期までを描く成長記。そして大陸を彩る戦乱と、神代の清算を記す物語。

なろうでは珍しい、転生無しの純正ファンタジー作品。卓越した文章力、作りこまれた舞台設定など、海外のジュブナイル小説を読んでいるような気持ちになった。

なろう系テンプレな享楽的な作品に耽るのも良いですが、時折こういう純粋で王道な長編ファンタジー作品をがっつり読みたくなる時があるんですよね。『ハリー・ポッター』『ダレン・シャン』『はてしない物語』などをワクワクしながら読んでいたあの頃の感覚を無意識に求めているのかもしれない。

その点この『Rotted-S』は本当に素晴らしかった。一人の少女のために騎士になる少年。半人前な少年が様々な経験を通して世界を知り、時には大人に諭されながらも、一歩ずつ成長していく過程。徐々に明らかにされていく神話時代の歪。私がずっと「こういう王道ファンタジー作品が読みたい」と思ってきた理想の作品が、ここにあった。

今回も色々となんやかんや雑記していこうと思います。※ネタバレ注意。

◆ 1. アージェ+レア

少年期のアージェについては、壮絶な過去によりある程度達観してはいるものの、やはり行動や言動にどこか幼さが感じられてあまり感情移入は出来なかった。小説を読むときは物語に没入して主人公の視点で追体験してしまいがちな人間なので、少年期の彼には割とモヤモヤさせられました。ただ嫌悪感みたいなのは無かった。等身大で良い主人公だと思います。

で、そのモヤモヤが顕著に現われたのが、彼が「俺はレアリアの騎士にはならない」と頑なにこだわり続けたところ。過去の経験から忌避感があるのは理解できたけど、でもやはりどこかピースが合わないような違和感は拭えなかった。

まるで並行する線の上を共に歩いていたような数ヶ月間。微温湯のような時は、彼女の目的が「騎士を探すこと」にあったのだと気づいた時に終わった。アージェは、自分が彼女にとって純粋な意味で友人ではなかったことを知ったのだ。 ---Act3『石鏡 004』

このへんは本当にもどかしかった。レアリアの本当の内心を知っている分、特に。なんでそうなっちゃうんだ…と半ば諦めながら嘆いた。でもこういうすれ違いや勘違いは物語において(ジュブナイルなら特に)必要なものだとも改めて思う。この辺のストーリーは特に強く惹きこまれて、時間を忘れて読み耽ってしまった。

なんというか上手く言葉にできないんですが、こういう読者にモヤモヤした感情(若干のストレス)を与えるのは結構重要なことだと思うんです。最近のなろう小説は何かと読者にストレスを与えると思われるものを排除しがちだけど、そういう小説はどこか物足りなくて刺激に乏しい気がする。しかしまあ難しいことだとも思います。

恋愛要素を例に挙げてみると、メインヒロインと主人公を容易にくっつけないようにするとか。やはりじれったいモヤモヤは感じるのですが、満足を求めて続きを読みたいと思い、それは読者を作品に惹きつける一要素となる訳で。というか数年前のライトノベルは殆んどこんな感じだったような気がします。いつの間にやら界隈はチョロインだらけになってしまいましたが。

閑話休題。

物語は進み、主人公はレアリアの過去を知り、彼女がおかれている状況、彼女が実際にどういう扱いを受けているのかを知って、自分の思いに葛藤して気持ちが揺らぎ始める訳ですが、しかし過去の苦い思い出から「騎士」という存在に嫌悪感を抱く彼は結論を出せずにいた。

ここでの主人公に対するエヴェンの言葉が刺さるのだ。

「そうかもな。俺のこれは、多分甘えだ。俺は恵まれて育ってるからな。ただな、お前のそれも甘えなんだよ。一を見て十が嫌だと駄々をこねてる。自分は違うものになろうと何故思わない? 少なくとも、陛下が今、窮屈な思いをなさってるのはお前が甘えたガキでいるせいだ」 ---Act3『二と一 001』

私の言いたいことをそのまま代弁してくれたように感じる。こういう風に主人公の背中を押してくれるキャラクターがいる作品が好きです。

そして主人公は少女の本心を知り、彼女の騎士となるのですが不遇期間が長かったのもありその感動はひとしおだった。ストーリーの6割を費やして、満を持してのこの展開。やっと綺麗にピースがはまったような気持ち良い爽快感を味わいました。ここでのレアリアの反応がまた良くて。

レアリアはただ今だけは、声を上げて泣きたいと思った。 ---Act3『二と一 004』

この泣きたくてたまらないのに我慢してそれに耐えるところに、彼女の女皇としての強さが垣間見えて、とても良かった。ここのアージェとレアリアの問答はもう何回も読み直した。不遇っ子が報われるシーンは良いものです。

その後の2人の関係性がまた素晴らしい。女皇と騎士という、対等な立場というと語弊があるかもしれませんが、守る守られるの一方的な擁護ではなく、共に助け合い支え合う関係性といいますか。その間にあるのが恋愛感情じゃなくて親愛感情なのも良い。

またそれがポーズだとしても、ヒロインに仕える主人公という構図が思ったより良かった。なんというかアージェがレアに敬語で話すのが、これまでのギャップも相まってめちゃくちゃ萌え転げた。至る所で主人を大切にしている想いが見られて、この辺りからの主人公はもう本当に格好良くてとても好きです。

本編はシリアス一辺倒でしたが、幕間や後日談の彼らの甘々なバカップルな感じもとても癒された。レアリアが他の男に頭を撫でられているところを見て、思いっきり嫉妬しているアージェがなんというか人間らしくて微笑ましかった。

そして後日談最後のエピソードである『幸 (100題4・1996年)』が本当に、素晴らしかった。死期を悟ったレアリアがアージェと共に歩んできた人生を顧みて、彼に感謝を告げる場面。涙が止まらなかった。彼らの軌跡を思い、自分でも引くくらいに泣いてしまった。「ああ、自分はこんなにも彼らのことが好きだったのだな」と改めて実感したように思う。本当に良かった。

◆ 2. ミルザ

「兄はディアドだ。もし迷ったらそれを思い出せ。ディアドは他の騎士とは違う。ただ一人の為の戦士だ。―――― 他を捨てようともその御手だけを掴めればいい」 ---Act5『天高く謳う 002』

何気に彼女が作中で一番好きなキャラクターかもしれない。初登場時はなんだか元気な子だなあくらいの印象しか抱かなかったのですが、アージェが騎士になった後の「兄!」と何かと世話を焼こうとする彼女がかわいくて(この呼び方とても好き)、だんだんと好きになっていった。態度のでかさの割に小柄で華奢なのも萌えます。

だからこそあの最期はかなり胸に来た。薄々彼女は退場する側の人間なんだろうなとは思っていましたが、それでもやはり辛かった。

欲しいと切望した時間が得られた。 それは彼女が想起した後悔を拭う為の時間で、けれど無事、目的を果たすことが出来た。兄を助け、優しくしたかったのだ。それは他者から見れば大して変化のないことなのだろうが、彼女にとっては精一杯だった。 ---Act5『天高く謳う 002』

今際の際に彼女が零したこの独白が、もう本当に切なくて、心に刺さる。最後に交わした兄との会話が、彼女にとって少しでも救いになっていたことを望みます。

以上、個人的感想垂れ流しでした。 改めて、本当に良い作品でした。掛け値無しに、なろうファンタジーの中でも最高峰の作品だと思います。

ああ、この作品に出会えて良かった。