ただ最愛の人のために -『勇者イサギの魔王譚』
なろう備忘録24弾。
『勇者イサギの魔王譚』を読み終えました。 本当に良かった。もう充足感が凄い。この昂る感情を記録すべく、今回もまた色々と雑記していこうと思います。簡単にこの作品を紹介しつつレビューしたのち、個人の感想を赤裸々にぶちまけていこうと。
『勇者イサギの魔王譚』はジャンルとしては『なろう』では珍しくない悪役転生モノに分類される。しかし4人の主人公をここまで完璧に描き切った作品は他に類を見ないだろうと思う。それぞれ全く性格の違う4人が紡いでいく魔王譚は、それぞれに違った魅力があり、おそらく誰か一人には必ず強く感情移入してしまうことになる。そして一人でも大好きなキャラクターがいる作品というものは、得てして忘れることのできない宝物になるもので。ちなみに私は全員の物語に没頭していました。話が進むにつれ明らかになっていく彼らの過去を、彼らという人間を知っていき、気づいたころには目を離せなくなっていた。
この作品のストーリーラインは概ね読者に厳しい。中盤あたりは辛い展開が続きます。かつての仲間同士が争う話などは特に辛いものがある。しかしその分、ラストシーンは燃え上るような熱さを見せてくれる。痺れる程に格好良くて、何度感嘆の息を吐いたか分からない。この作品の作者さん、ワードセンスが卓越しすぎなんですよね。まさに心に響く文章という印象を受ける。エピローグも完璧で、ここまで満足感のある風呂敷の畳み方は久しぶりであった。
そしてこの作品の最大の魅力は、やはり彼らの行動原理であろうと思うのだ。ただ最愛の人のために己を貫き通す彼らの姿は、最高に格好いい。ボーイミーツガール好きな私としてはハーレムものより、こういう一途な愛情に憧れを抱いてしまうもので。12章中盤で緋山愁が放ったこの台詞は、この作品の魅力を如実に表している。
「不完全な存在として作られた僕たちは、そのいびつな形を埋める片割れをいつか見つけ出すことができる。ノエル、人に生まれた君は、愛を知るべきだ。なによりもそれが、尊いものだ」 <12-7『デモン』より>
※以下ネタバレ含む
では個人的な感想をば。 とりあえず4人の中で一番好きだったのは廉造でした。もう最初から最後までずっと。不器用で、愚直で、一途で、シスコン。最高じゃないですか。結局彼はイサギに勝つことは出来なかったけども、でもそれでいいんですよね。そんなとこもまた彼の魅力であると私は思うんです。そして彼を語る際に忘れてはならないのが、シルベニア。彼女もこの作品の女性キャラの中で一番好きといっても過言ではない。彼ら二人の不器用すぎる、でも優しさに溢れるコミュニケーションが大好きだった。
あくまでも孤高を貫こうとする廉造の姿にシルベニア自身の姿が重なったんだろうか。シルベニアが彼に懐くまでの過程って直接描かれてはいないんですよね。あの二人旅で色々とあったのでしょうが、何がったのかは間接的に類推することしかできない。でもそういうどこかミステリアスな関係性というのも彼らの魅力の1つなのかもしれない。
最後まで彼らを恋仲にしなかった作者さんの選択は英断だったと思う。恋愛の代わりに描かれた親愛は、素晴らしいものであった。そんな彼らのやり取りは、あまり描写されなかったけれど、それでも極限まで削られながら描かれるそれは本当に良いもので。エピローグでシルベニアが感情を爆発させるシーンは言わずもがな、満身創痍の彼のもとに不機嫌な顔でやってきた彼女が隣に座って治癒魔法をかけ続けるシーンとかもう最高すぎて死ぬかと思った。もどかしい距離感が、やりとりが、何故か心地よい。
彼ら4人の魔王譚の中で最も完成度が高いと思ったのは、緋山愁の物語でした。中盤まではどこか掴めない飄々とした人物だった彼が、後半あれほど化けるとは思いもしなかった。六姫に捕らえられたあたりから徐々に本性を露わにしてきて、そして絶望の底に叩き落される。そこから這い上がる展開が王道ながらやはり燃えてしまうもので。最終章の「大暴れしてやりたい気分なんだ。後先なんて考えず」の台詞には思わずスカッとさせられた。そして彼の魔王譚を最高のものにしたラストシーン。あの幕の閉じ方は尊すぎるでしょう。この瞬間、作中のベストカップルは間違いなくこの二人になった。
誰にでもオススメできる、王道異世界ファンタジー作品。是非。